みほしブログ

趣味は生活と読書。

ちきりんさんからインタビュー、発信することの大切さ

Chikirinの日記でおなじみの社会派ブロガーちきりんさんからキャリアについてのインタビューを受けました。

 

インタビューのきっかけとなったのは私が書いたこちらのエントリ。

www.mihoshiblog.com

もともとちきりんさんのブログや著書のファンで、よくチェックしていました。そんなとき、ちきりんさんのツイート&ブログで自分の好きなものを3位まで選んで答え、全体の回答と近い人がちきりんさんとのお茶会に参加できる、という企画が開催されました。

d.hatena.ne.jp

本名も顔も公表していない「覆面ブロガー」のちきりんさん。
こんな機会でもないとなかなか会えないぞ!と意気込み、完全に当てにいくつもりで投票したところ、見事お茶会に当選。参加しました。

www.mihoshiblog.com

 そこでちきりんさんに「あなたの経験を読みたい人がいる」とアドバイスを受けて書いたのが冒頭のブログのエントリなんです。

それから1年以上経ち、ちきりんさんがプロゲーマー梅原大吾さんとの対談本『悩みどころと逃げどころ』を出版されます。

悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

 

全く異なるキャリアのふたりが100時間もかけて語りつくした、それぞれの人がそれぞれの「いい人生」と巡り合うためのヒントがぎゅっと詰まった対談集です。 

「この本の内容と三星さんの経験がぴったりだから」ということで私にインタビューの白羽の矢が立ちました。
そして、「Chikirinの日記」にて「いい人生の探し方」というタイトルで、インタビューとちきりんさんがそこから考えたことについて、6回に渡るボリュームで連載されるに至ったのです。

 

******

 

憧れの著者と触れ合えるイベントに当選して、
その著者にインタビューしてもらって、ブログのエントリまで書いてもらってる。

「運いいなぁ、こいつ」

と思いませんでしたか?

確かに私自身も、運がいいな、とは思います。

でも、私がちきりんさんの人気ツイート&ブログを投票したから、お茶会に当選したのです。
私がちきりんさんのアドバイス通り、自分のある意味黒歴史を赤裸々にさらしてブログを書いたから、声をかけてもらえたのです。

私は普段、家と会社と娘の習い事の間を行き来するだけの生活です。会話をする人もごく少数に限られています。

それでも、今はインターネットがあります。
SNSやブログがあります。
家にいながら、外に向かって発信することができるのです。

自分の好きな人や憧れの人について、マナーを守って様々な形で発信していると、かなりの高確率でその相手と関わりを持つことができます

マナーといっても難しく考える必要はありません。「本人が目の前にいたらどういう伝え方をするか」ということを考えればいいだけです。

私もツイッターを使い始めたころは、失礼なことは呟かないように気をつけていましたが、特に何も考えずぼんやりとつぶやいていました。
でも、物を書くことも仕事にしたい、と心に決めこのブログを立ち上げたとき、自分の世界を広げるために発信しよう、と行動規範を立てたのです。

すると、いろんなことが繋がり、ちきりんさんのインタビュー以外にもたくさんの「運がいいなあ」と思われることが起き、現在進行形で世界が広がっていっています。

そんな時代、まだ始まったばかりなんです。
利用しなきゃもったいなくない?
嫌いな人を叩くために発信している人をみると、他人事ながらもったいなさすぎて歯ぎしりしそうになります。嫌いな人だけでなく好きな人からも回りまわって敬遠されるのに!

 

ということで、なぜ無名ブロガーがちきりんさんにインタビューされたのか?という経緯についてと、発信すると世界が広がるよ!というお話でした!

 

ちきりんさんの連載はこちらから。

いい人生の探し方 第一話 - Chikirinの日記

いい人生の探し方 第二話 - Chikirinの日記

いい人生の探し方 第三話 - Chikirinの日記

いい人生の探し方 第四話 - Chikirinの日記

いい人生の探し方 第五話 - Chikirinの日記

いい人生の探し方 最終話 - Chikirinの日記

 

第四話から最終話は、ちきりんさんが私の話から考えたことについて書かれているのですが、読むたびに励まされ、気づきがあります。

様々なことに配慮して多くの方の心に届くであろうエントリを書いてくださったちきりんさんに心から感謝しています。

 

みんなも世界を広げようぜ!それではごきげんよう!

 

www.mihoshiblog.com

 

www.mihoshiblog.com

 

語り騙られる控えめな「戦争」小説—『冥途あり』長野まゆみ

冥途あり

少年ふたりと犬一匹が夜の学校に忍び込み幻想的な体験をする『少年アリス 』で1988年に文藝賞を受賞し、デビューして27年。本人いわく〈地図でいうと別枠になっている島嶼部のような〉*1ところで執筆活動を続け、長らく文学賞と無縁だった長野まゆみが『冥途あり』で2015年の泉鏡花文学賞と野間文芸賞をW受賞した。

本作には『冥途あり』と『まるせい湯』という著者の一族の来歴をもとにした2篇が収められている。表題作の『冥途あり』は語り手の父親の人生が、三河島、日暮里、根岸といった東京の東、〈川の氾濫や大火のたびに平らになっては再建され、また流されては焼かれるという地区〉である山手線と隅田川に挟まれた土地の歴史と重なり合って回顧される。訊ねれば東京生まれの東京育ちと答える父。定住せず、暮らしにあわせて家を見つけ東京を転々とするが、東京暮らしにはいくらかの断絶があった。

父が亡くなる。兄が喪主として父の生涯をまとめあいさつする。昭和5年に三河島で生まれ、15歳のとき祖父の故郷である広島に疎開していたものの、動員先が休養日であったため原爆の難を逃れる。以来広島のことを語りたがらず、よく生きた、と。葬儀では双子の従弟やふたりの叔母が親戚に付随したエピソードを語る。あるいは、騙る。祖父の通夜にあらわれた謎の婦人の正体。バターのように墨が溶けるカエルに似た硯の出どころ。父の相続手続きで明らかになる戸籍ロンダリングの理由。ホラ話なのか真実なのかはわからない。それを知っているはずの人間たちは、もう死んでいる。

〈時間も錯綜している。記憶の癒着が起こり、数十年も隔てたできごとが連続して起こったように語られる〉
〈わたし〉は晩年の父が云うことをそう表現する。この小説はその父の語りのように紡がれている。父の話かと思ったら母の戦争の苦労の話に振れ、父の葬儀の描写のなかに父が生きているかのような話が差し込まれる。時間の軸をつかんで読もうとしても、するすると手からすり抜けていく。この小説の軸は〈わたし〉の記憶なのだから。

広島を灼いたもう一つの太陽は、窓ガラスを粉々にし、家のなかにいた父の背中に無数のガラス片をめり込ませた。いつしかガラス片は父の皮膚と一体化する。ガラスは数千万年単位の時間ではほとんど分子構造が変化しないといわれる。父の肉体が焼かれ灰となっても、埋め込まれたガラスの粒は地上のどこかで存在している。人間はそんなに長く存在できない。だからこそ語るのだ。

別枠になっている島嶼部の代表と言えば日本地図における沖縄諸島だろう。沖縄も広島も戦争の記憶がその地に色濃く残っている。戦争の被害者は戦死した人たちだけではない。そして、戦争を知るのは戦争を体験した人たちだけではない。『冥途あり』は戦後に生まれた〈わたし〉が見聞きした記憶を通して描かれた、控えめな戦争小説なのである。

冥途あり

冥途あり

 

 

少年アリス (河出文庫)

少年アリス (河出文庫)

 

 

完全な反復は存在しない―『夜、僕らは輪になって歩く』ダニエル・アラルコン著、藤井光訳

夜、僕らは輪になって歩く (新潮クレスト・ブックス)

「演じる」という行為は舞台の上に立つ俳優だけが行うものではない。ひとたび人と関わりを持てばそこに何らかの演技が入り込む。母と息子、兄と弟、師匠と弟子、それに恋人同士。それらの役柄にふさわしい行為を繰り返すことにより人間の関係性は保たれるといってもいい。

 

1977年ペルーの首都リマに生まれ3歳で渡米し、現在はサンフランシスコに暮らすダニエル・アラルコンの『夜、僕らは輪になって歩く』は、リマとおぼしき南米の首都と、アンデス山脈にある海抜2900メートルの町「T」でのできごとが行き来して語られる。首都に住み芸術学校で演劇を学んだ主人公ネルソンは、伝説的な劇団の公演旅行のオーディションに合格する。公演旅行の演目こそ、15年前の内戦中に初披露され劇作家が投獄されるきっかけとなった『間抜けの大統領』だった。

劇作家であり大統領を演じるヘンリー、公演旅行の提案者であり召使役を担うパタラルガ、そして大統領の息子役を務めることになったネルソン。三人だけの劇団は夜行バスで首都を離れ、内陸部の町を渡り歩き上演を繰り返す。三人の関係性に役柄はぺたりと張り付いてくる。ヘンリーは偉そうで、パタラルガは世話を焼き、ネルソンはヘンリーを尊敬していた。ヘンリーは劇の世界に入り込むため家へ電話することを禁じた。しかしその掟を忠実に守っていたのはネルソンだけだった。ヘンリーは娘に、パタラルガは妻にこっそり電話していた。それを知ったネルソンは未練の残る元恋人へ電話をかける。すると思いもよらない事実を聞くことになる――。

自分のことを〈僕〉と呼ぶ語り手は、ネルソンの日記、母や元恋人などの証言、そのほかの記録をつなぎ合わせてネルソンの公演旅行の様子をつぶさに写し取っていく。同時にヘンリーの投獄に至る経緯と獄中内でのできごともインタビューにより露わになる。〈僕〉とネルソンの正確な関係はなかなか明らかにされない。ネルソンの身に何かが起こったことだけが示唆される。語り手の素性にも物語の先行きにも心もとなさを抱いたまま、読者は日の差さない洞窟を手探りで進むように、硬質で透明感のある文章を一文一文読んでいくしかない。

ネルソンは劇以外である人物を演じてほしいと頼まれる。面倒ごとを避けたい気持ちとわずかな親切心からこれを引き受ける。演じることによって演じた者の人生を引き寄せるように、ある人物が体験した物語の反復が始まってしまう。終盤、息もつかせぬ負の連鎖に言葉を失う。〈僕〉はもう少しこうだったら、と〈別バージョン〉を想像する。しかしもちろん、〈別バージョン〉の人生なんて存在しえない。

ひとりの青年の不条理な人生を通して、演じることや反復と一回性について考えさせられる秀作だ。

 

夜、僕らは輪になって歩く (新潮クレスト・ブックス)

夜、僕らは輪になって歩く (新潮クレスト・ブックス)

 

 

セブンイレブンにレジが2台ある理由

このあいだの夜、冷蔵庫の飲み物をすべて切らして、珍しく夜中にすぐ近くのセブンイレブンへ出かけた。
深夜0時を過ぎているというのに、店内はなんとなくざわざわしている。なんだろう?とのぞくと、レジのカウンターのなかにスーツ姿の男性がふたり、難しい顔をして立っている。男の人たちの前には「レジ故障中・おとなりをお使いください」の紙が貼られたレジが1台。

この貼り紙を見たとき、あ、と腑に落ちた。
駅前の六畳くらいしかないんじゃないの?と思うくらい狭いコンビニでも、なぜかどこもレジは2台あって、なんですごく狭い店舗でもコンビニにはレジが2台あるのだろう、と疑問と言えるほど明確な輪郭を持たずにぼんやりと不思議に思っていた。

お金を入れておくだけならヨックモックの空き缶でもできるけど、コンビニにとってレジは現金を管理するにとどまらない、POSシステムや決済システム、電子マネーの管理を行う頭脳部分で、これがストップしてしまうと多くの業務も停止せざるを得ない。そのような状態になるくらいなら、大して2台目のレジを開けることもない狭いお店でも空いてるお店でも、バックアップとして2台目のレジを置いておいたほうが結局効率がいいんだろうな、と腑に落ちたのだ。

もしかしたら、セブンイレブンにレジが2台あるほんとの理由は違うかもしれない。でも、こういうぼんやりと不思議に思っていたことの理由が自分のなかでパッと明確になる瞬間が、わたしはとても好きだ。

次の日、同じセブンに寄ると、左側のレジは何事もなく働いていた。このレジを夜更けに修理した人たちがいることを、わたしは知っている。

セブン?イレブン流 98%のアルバイトが「商売人」に変わるノート (TWJ BUSINESS)

セブン?イレブン流 98%のアルバイトが「商売人」に変わるノート (TWJ BUSINESS)

 

 

 

繰り返されるほどぼやけていく「小学生」小説—『学校の近くの家』青木淳悟

学校の近くの家

小学生ってとても不自由だ。小学校は基本的に住む場所から行く学校が勝手に決められてしまい選択肢はないし、友達も大半はその学校のなかで選ばざるを得ないし、家族はそれ以上に選ぶ余地がない。カネもなければアシもせいぜい自転車くらい。それなのに高学年になればいっちょまえに自我も芽生えてきて、親や学校を俯瞰して眺めるくらいの知恵がついてくる。

青木淳悟の『学校の近くの家』の主人公、小学五年生の杉田一善も不自由な小学生のひとりだ。昭和56年生まれ、背の順は前から四番目、家族は母と父と9つ年の離れた妹。そして何より、本のタイトル通り『学校の近くの家』に住んでいる。その近さといったら、正門から徒歩1分未満、全校でただ一人登下校班に所属せず、3階の教室から家の玄関と窓がまる見えっていうのだから小学生にとっては一大事だ。
教室の自分の席から仮に火事を目撃しても「家が火事だ!」と叫べるかどうか自信が持てなかったり、土曜日の午前中に家の2階の窓辺でパジャマ姿のままダラける父の姿を恐ろしく恥ずかしいと思ったり。あまつさえ父が光学三倍ズームのハンディカムを手に入れ、自宅2階の窓から息子の体育の授業を勝手に撮影し『五年生 体育』などというビデオを作成し始めた際には、数年前に起きた宮崎勤事件と結び付けられるのではないかと心悩ませたりする。父だけでなく、母もなかなかのくせもの。PTAや地域の活動に熱心な母に、一善は自分の友人関係を振り回され、巧妙に仕組まれて学校のズル休みまでさせられる。そのうえ2年生の後半からは何があったのかよくわからないうちに〈家で学校の話をするのはやめてほしい〉と通達され、家と学校の板挟みという大変疲れる経験をする。あぁ小学生はかく不自由なり。

著者の故郷であり小説の舞台となる埼玉県狭山市の緻密な地理や、その地の歴史と近辺で起きた出来事を丁寧に織り込みながら、一善は何度も五年生までのことを回想し、何度も同じ時間が小説内に立ち上がる。同じ時間を重ね合わせるとより立体的に一善の小学生ライフが立ち上がる、なんてことはない。思い出すたびに注視する事実はぶれ、同じ時間が語られるたびぼやけていく。記憶を反芻するように。それが読んでいてとても楽しいのだ。

著者の青木淳悟は1979年(昭和54年)生まれ。本作と同じく中毒性のある反復を繰り返す『四十日と四十夜のメルヘン』でデビューし、2012年『私のいない高校』で三島由紀夫賞を受賞している。一善より2歳年上のお兄さんだ。本作は2014年から2015年にかけて発表された短編をまとめた連作短編集で、著者がいい大人になってから大人に向けて書いた小学生小説であるのに、甘やかなノスタルジーでまぶされた描写が全くない。けれどもとても懐かしい。まるで著者の脳みそが小学五年生男子のなかに宿って執筆したのではないかといぶかしくなるほど、子どものときに感じた理不尽さや不自由さ、恋愛以前の意識しあう男子と女子の関係や、学校のイベント特有の高揚感がそのまんま描かれている。

親という生き物は我が子をそのまんま捉えることが難しい人種である。他所の子よりちょっと優れた点を見つけると「この子は才能がある!」と鼻息を荒くし、意にそぐわない趣味嗜好男女交際を見つけると「この子はもうダメだ」と落胆する。自分の子どもの頃と比べてみろ、と言いたくなるが美化された記憶のなかの親の子ども時代と比較されることは子どもにとっていい迷惑だろう。美化も郷愁もないそのまんまの小学五年生の感性が映し出された本作を読んで、ごまかしのない自分の子ども時代を思い起こし、ひいては今なお続く子どもたちの不自由さ、子どもたちへの自分の影響力の強さへ思いを馳せてみてほしい。そうすることによって、そのまんまの我が子の姿が少しだけ視界良好になるだろう。

学校の近くの家

学校の近くの家