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みほしブログ

趣味は生活と読書。

「性」から自由になれる日は来るのか――古谷田奈月『リリース』書評

恩師である弁護士の教授は、いわゆる鬼畜系AVの撮影によって被害を受けたAV女優の法的支援をしていた。彼女の授業で私は初めて鬼畜系AVというものを知った。水の張った透明なバスタブに何度も沈められ苦しさに顔をゆがめる女。列をなす何十人もの男にかわるがわるレイプされる女。性器や肛門に異物を無理やり挿入され大けがを負う女。AVの一画面を切り取った写真を見ただけだったけれど、まず吐き気が、次につよい感情が沸いた。

怒りだ。

私はバスタブに沈められていないし、レイプもされていない。それでも私の一部がバスタブに沈められ、レイプされたように感じた。私の「女」であるという部分が。彼女たちが被害にあった主な理由は、そこにいた「女」だったから。誰もが自身と不可分に付き合わなければいけない「性」しか、女たちが被害にあう理由がない。その理不尽さに苦い怒りがこみ上げた。

リリース

古谷田奈月『リリース』は男女同権が実現し、同性婚が主流となったオーセルという国が舞台だ。女性首相ミタ・ジョズは法律を通して男女の性役割の解放を行い、未婚者・同性婚者たちに不利な法律を改正した。さらに生殖関連事業を国営化し、オーセル・スパーム(精子)バンクを創設する。男性はドナーとなってスパームを提供することが善行とされ、スパーム提供を受けた女性は同時に代理母として登録される。生殖から性行為を抜き取り、未婚者・同性婚者たちにも平等に子どもを持つ機会が与えられるようにするために。

〈もっとも先進的な愛と平和〉を体現するオーセル・スパームバンクがテロリストに占拠されたところから物語は動き出す。テロリストはバンクに集まった人々の前で演説を始める。テロリストの名前はタキナミ・ボナ。名門大学の4年生で異性愛者だと語る彼は、スパーム提供を拒み続けていたのにもかかわらず、政府が女性を利用し自分のスパームを強制的に手に入れたと告発する。さらに自分のスパームはすでに10名の女性に着床済みだと告げてこう言う。

〈「今こそはっきり告発します。ミタ・ジョズはぼくをレイプした」〉
〈「彼女は多くの人を救ったかもしれない。でもぼくに言わせればミタ・ジョズは、かつてのマイノリティをマジョリティ化しただけだ」〉

どよめく群衆を前にボナは自分のスパームのIDを読み上げようとしたが、もう一人のテロリスト、オリオノ・エンダが突如現れ、ボナの頭を銃で撃ち抜き、演説は強制的に打ち切られる。

ボナの演説を聞いた群衆のひとり、17歳のユキサダ・ビイは怒りを言葉に変えたボナの〈言葉の力〉に圧倒され、占拠事件の情報収集に夢中になる。大学へ進学し新聞部に入部したビイは、理想とする無思想のニュースメディアのインターン記者として占拠事件の取材を試み、思いもよらない人物と出会う。そして怒りに燃えるテロリストが成し遂げた、衝撃的な復讐の真相を知ることになる――。

日本で今、ジェンダーやセクシュアリティの問題で法整備が進んでいない分野についてオーセルでは多くの手当がなされている。同性婚は合法だし、独身でも同性同士でも子供が持てる。性犯罪の量刑は重く、男女平等社会で女性が首相を務めている。

それなのに登場人物は自分と不可分の「性」に悩んでいる。怒りを持っている。『リリース』を読みながら呆然とした。私たちの社会がより良くなるはずの法整備がなされたとしても、その先に待つ社会がオーセルと同じものならば、ボナが、エンダが、ビイが、わたしが抱いた怒りはちっとも癒されることがない、という事実を突きつけられるから。

いったい私たちはどうしたらいいのだろう。霧は晴れないけれど、鬼畜系AVを見たとき、泣きながら激昂した男、吐くためにトイレへ行った男がいたこと、そしてマジョリティとマイノリティを反転させただけでは真の平等は実現しないという『リリース』の警鐘を私は忘れない。

リリース

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