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みほしブログ

趣味は生活と読書。

女系四代、愛すべきうっかりした生涯―『乙女の家』朝倉かすみ

乙女の家

読み終えての第一声は「ずっるーい……」だった。朝倉かすみはずるい、ずるすぎるほど巧みなんです。そしてこの小説を好きにならない人間がいるだろうか(反語)。

『乙女の家』は「うっかりした生涯を送ってきました。」という一文から始まる。文学ズレした輩は、あーはいはい色んな作家にパスティーシュされつくした『人間失格』ねって鼻で笑おうとして、ん?と気づく。恥の多い、をうっかりした、に替えるだけでずいぶん面白そう。

この一文を書いたのが主人公若竹若菜、17歳JK(女子高生の意)である。お調子者の父と堅物の母、2歳年下の弟・誉という(一見)標準世帯の一員であり、「友だちや、家族の胸のなかに、魅力的な登場人物として存在したい。チャーミングな脇役として輝きたい」という思いを抱きながら、他の人からどのようなキャラとして見られたいかという自分探しならぬ「だれか探し」の真っ最中だ。SNSに毒された現代の女子高生らしい悩み、と一蹴するのはちょっと待った。若菜の尊属たちがすごいのです。

曾祖母(78)は75歳にして初婚の元お妾さん兼シングルマザー。祖母(58)は高校一年生のときに暴走族のアタマの子どもを妊娠出産したシングルマザー。母(42)は二代続けてシングルマザーの家に育ったことから「普通」に縛られ、夕ごはんを共にすることを条件に夫(若菜の父)と別居中だ。女の人生総覧を女系4代で編纂しているようなご家庭なのです。

 

時間とムダの科学 (PRESIDENT BOOKS)

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  「人生が変わる方法は3つしかない。1番目は時間配分を変える。2番目は住む場所を変える。3番目は付き合う人を変える。この3つの要素でしか人間は変わらない。最も無意味なのは『決意を新たにすること』」と言ったのは大前研一ですが、高校生はこの格言に照らすと「変わる」ことに困難な立ち位置にいる。住む場所は親の意向だし、付き合う人を変えるったって平日の大半は四角い教室に押し込められた同級生とうまくやらなきゃならないし、せいぜい学校の残りの時間の使い道を変えることができるくらい。

でもね、若菜は変わるんです。なぜなら髙橋さんという直球の文学少女で親友感のする友だちができるから。なぜならアルバイトを始めるから。そして、成長するから。ごはん食べて排泄して寝て、という一連の行為が大人にとっては日常の連続にすぎなくて外部を変えなきゃ自分を変えられないとしても、「こども」は成長することによって「変わる」ことができるのです。

若菜はある3つの事柄について助太刀するという「決意を新たに」します。3つの事柄とは何か。その助太刀は成功するのか。若菜の「だれか探し」の途中経過発表はご自身でぜひ確かめてみてください。

といっても、『乙女の家』をただのビルドゥングスロマンとしてまるめたくはない。若菜の成長によりバラエティ豊かな年配者たちも変化していくのであり、それを朝倉かすみの愛ある文体と一緒に見守ることこそ、この小説の醍醐味なのだから。人間は恥もうっかりもあったって生きているだけで合格なのだ。

乙女の家

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