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みほしブログ

趣味は生活と読書。

「やればできる」なんて大嘘、必要なのはやめる勇気。司法試験に20代の9年間を費やしたからこそ言えること。

書店に平積みされている自己啓発書を手に取ると、眩暈を覚えるほどポジティブな言葉が溢れています。

「失敗なんてない、今は成功の過程にいるだけ」
「なんだってやればできる、努力あるのみ」

本当にそうでしょうか?

 

私は大学三年生のとき弁護士を目指して司法試験予備校に通い始め、ちょうど翌年から法科大学院制度がスタートすることを知り、適性試験(法科大学院受験者が全員受けなければならない知能テストっぽい共通試験)が割と得意だったことから、落ちこぼれ大学生だったにもかかわらず倍率10倍以上の難関を突破し、中堅ロースクールの3年コースに合格しました。

そこから猛勉強して4年かけて大学院を卒業し(出産と育児のため1年休学しました)、受験資格を得て、3年連続で司法試験にチャレンジしたものの合格することができず3回の受験制限を使い果たし、気づけば21歳から29歳までという人生でもっとも色んなことにチャレンジできる時間(もちろん多額のお金も)を費やし、なんの役にも立たない「法務博士」の称号だけが手元に残りました。

私は司法試験に落ちたこと自体は後悔していません。司法試験は偏差値方式で得点を算出するのでひとつ失敗すると総合で合格点に持っていくのが難しい試験なので「受験1回目の公法系で受験3回目の公法系の成績取れてたら受かったのにー!」「もし当初の予定通りの合格者数だったらぎりぎり受かっていたかもしれないのにー!」と落ちた当初は悔しく思うこともありましたが、手が震えて右手の中指が膨れ上がるほど勉強しても受からなかったので、まあ仕方ないなと受け入れています。

私が今でも後悔していることはひとつだけ。
それは「司法試験のチャレンジを途中で止めなかったこと」です。

机上の空論に等しい正義感を振りかざしてロースクールに入学してすぐ、「もしかしたら法曹界は私に向いていないのでは」と感じていました。
「女は論理的思考に向いていないから択一試験ができない」
お酒の席で女性の大学院生をはべらせて得意気に話す検察官の教授。
「これは裁判官が書いた判決なんだから、君のような学生はこれを覚えればいいの」
私の質問にうんざりしたようにそう答えた行政法の教授。
もちろん、心から法学って面白い!と思えるような授業をしてくれた先生方もたくさんいました。
でも、法曹界・法学界に根強く残る男尊女卑、そして自由な筆記が許されない暗記に偏った論文試験、さらに先輩たちが司法試験に受かったにもかかわらず就職できなかったり、貧困、パワハラ、セクハラに悩まされていたりするのを目の当たりにして、弁護士へなりたいという希望がどんどん曇っていきました。
そもそも、弁護士を目指したのも、親の意向に沿うからではないか?たまたま適性試験が得意だったから就職活動から法科大学院へ逃げたのではないか?と弁護士を目指した動機自体も揺らいでいきました。

それでも、私は万年筆を握りしめ毎日論文を書き続けました。

なぜなら、
既に数年間という時間を司法試験のために費やしていたから、
既に数百万円というお金を司法試験のために費やしていたから、
出資者でもある両親のメンツを潰したくないから、
「法科大学院生」という肩書を失うのが怖いから、
そして、やめる勇気がなかったから

 

20代の始めのころ、自分がいつか死ぬということは論理的にはわかっていても、時間はまだ無限にあるように感じていました。ところが、30代になって体力と食欲と記憶力が目に見えて低下し、同級生の男の子(奇しくも司法試験受験生仲間でもありました)が6か月の赤ちゃんと奥様を残し急死したのを皮切りに、天に召される同世代の方がぽつりぽつりと現れ、自分の人生が有限であるということを強く認識させられました。

会社勤めでもバンド活動でも司法試験受験でも、今まで積み重ねてきたものが大きければ大きいほど、もったいないからやめるのが怖くなります。

でも。
もう成功することは難しいとわかっているのに、もう成功することに情熱を失っているとわかっているのに、惰性でチャレンジを続けるのは未来の時間がもったいないのです。

 やめる勇気とは、やってもできなかった、失敗だったと認めて、先に進む勇気。

私にこの勇気があれば、二十代のうち5年間を違うことに使うことができたのに、と後悔して止みません。

今、惰性やメンツで何かの成功を目指している方は、今まで積み重ねてきたもの(過去)より、未来の時間がもったいなくはないか、改めて検討してみてください。
私もこれからは限りある人生のなかの未来の時間を大切にして過ごしていきます。

唯一ラッキーだったのは、司法試験の受験が3回までと回数制限があったことと、司法試験に受からなかったことですね。
もしそうじゃなかったら、まだ司法試験を受けているかもしれませんし、仮に違和感をかかえたまま弁護士になったとしてもせっかく得た資格から降りることは難しかったでしょうから。

 

 と、堅苦しい自分語りをしてしまったぜ。ふう。もういいの!これから私は好きなことばっかりしていくから!!あと受験勉強で得たリーガル・センスは仕事でもプライベートでもものすごく役に立ってるよ!お金と時間に比べたら割に合ってないけども。

ところで今回のエントリを書くきっかけになったのは、ちきりんさんのお茶会でちきりんさんに「あなたの経験を読みたい人がきっといる」と言ってもらったからです。ありがとうございました。

 

★2016年7月5日追記★
この記事がきっかけとなって社会派ブロガーのちきりんさんにインタビューされました! 

www.mihoshiblog.com

 

それではごきげんよう、良い夢を。

 

mihoshi-m.hatenablog.com